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高松高等裁判所 昭和29年(ネ)181号 判決

控訴人(原告) 洲之内源一郎

被控訴人(被告) 愛媛県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、元愛媛県農業委員会が昭和二十七年六月三十日附で松山市久枝地区農業委員会の定めた別記(原判決添附第一、二目録を引用する)表示農地の買収計画に対する控訴人の訴願を棄却した裁決を取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決を求め、

被控訴代理人は、控訴を棄却する旨の判決を求めた。

当事者双方事実上の主張は左のとおり補充した外孰れも原判決摘示の事実と同じであるから茲にこれを引用する。

控訴人において「昭和二十二年の買収計画の行われる以前から控訴人は、大学教授として仙台市に居住している又該買収計画後同年四月二日控訴人の父長次郎死亡により戸籍上家督相続をしたことになるが事実上長次郎の妻で控訴人の母である訴外いちにおいて本件農地を管理収益しているのでありその後昭和二十七年三月十二日本件の買収計画が定められるまでの間それ等事情に何等変更はない。ところで松山市久枝地区農地委員会が昭和二十二年の買収に際し叙上の如き事情の控訴人を当時施行の自創法第二条第二、四、五項同施行令第一条四号等の規定に所謂在村地主たる父長次郎の同居の親族、そうでないまでも公務就任その他の事由で一時同居しないことをやむなくさせた事由に該ると認め、従つて控訴人所有名義のものも父長次郎の所有する農地とみなし同人に保有を許される小作地として本件農地(即ち前示第一、二目録記載)を除くとともにそれを超える部分の小作地を買収する計画を定めたのでありかつ叙上計画に当時の愛媛県農地委員会も承認を与えたそれにより買収の法定手続を了したので右計画に基づき父長次郎に対する買収が実施され、かくて本件農地は小作地としてその保有を許されるに至つたものである。しかしてその後父長次郎死亡したとは云え叙上の如き母いちにおいて管理しているので父長次郎存命中と事情に何等変更を生じていない。だから昭和二十二年になされた右計画に基づく買収処分(仮令法律上の瑕疵がある場合でも)が取消されない限り形式的にも亦実質的にも該処分の効力により本件農地が前示父長次郎(従つて母いち)に保有を許された小作地たること確定しているものと云うべきである、それ故該処分を取消さないで更らに該処分の効力に反する如き買収を計画する点にも本件買収計画に違法がある。」と補述した。

(証拠省略)

理由

控訴人が本件農地中第一目録記載のものを予ねてから所有していた、又第二目録記載のものを昭和二十二年四月二日父長次郎死亡による家督相続により所有権を取得するに至つたものでありそして右各農地が父存命の頃から耕作の目的で賃貸していた小作地であること及び控訴人は昭和二十年十一月二十三日以前から大学教授として仙台市に居住しおるもので松山市久枝地区農業委員会の区域内に住所を有しないこと、又同地区農業委員会が昭和二十七年三月十二日付で控訴人に対し控訴人を上叙事由による不在地主であるとして本件第一、二目録記載農地の買収計画を定めたこと及び控訴人がそれに対し適法な異議を経て訴願をしたこと、元愛媛県農業委員会が昭和二十七年六月三十日附で上叙訴願を棄却するの裁決をしたことは当事者間において争いがない。

ところで控訴人は右買収計画が違法でありそれに対する訴願を棄却した裁決も亦違法であるからこれが取消を求める(前記裁決書が同年八月二十六日控訴人に送達されたことは当事者間に争いがなく同年九月二十二日右取消を求める本訴が提起されたこと記録に徴し明らかであり該請求は法定期間内に提起されている)ので審究するに、昭和二十二年三月三十一日付、十月二日付、十二月二日付の各買収令書によりその頃右久枝地区農地委員会において定めた各買収計画に基ずき父長次郎所有(祖父亡源蔵名義の侭の分も含む以下同じ)の小作地中計八反一畝十四歩及び控訴人所有の小作地中計八反七畝三歩が買収され爾余の小作地即ち右両人所有の本件第一、二目録記載農地の保有を認められるに至つたものであることは当事者間に争がなく、該保有農地をその後買収すべきものとするのが前段認定昭和二十七年三月十二日付の本件買収計画であるところ農地委員会が自創法による農地買収計画において一旦保有を認めた農地と雖も該保有を認めた基礎事情につきその後変更を生じかつ買収事由に該るに至れば更らにこれを買収することができると解すべきものであらうことは自創法の諸規定殊に或る場合には定期的に事情変更の有無を審査し決定すべきことを命じている(昭二四年五月法律一五五号の第二項改正による自創法第四条四項)こと及び同法の目的精神等から窺はれるところであり控訴人も亦同趣旨の主張をしている(控訴代理人の昭三〇年三月一五日付準備書面(3))のである。然らば進んで右の如き事情の変更があつたかどうかを審理するに、成立に争いのない甲第四、六、七、九、十号証の各一、二第五号証の一、二、三第八号証の一乃至四原審証人芳之内義一及び当審証人矢野嘉太郎の各証言を綜合し前示当事者間に争いのない控訴人が昭和二十二年四月二日父長次郎の死亡による家督相続をしたこと及び当時大学教授として仙台市に居住し松山市久枝地区農地委員会の区域内に住所を有していなかつたことその他弁論の全趣旨をも併せ考えると、右久枝地区農地委員会において昭和二十二年当時農地買収計画を定めるに際り一般の例にならいその地区内居住の世帯主州之内長次郎のもとに前記の如く当時仙台市に居住していた控訴人をも便宜同居の親族或いは特別の事由により一時同居しなくなつたものとして世帯単位のもとに買収計画をたて、長次郎の死後も便宜従来の侭とし右同様の買収手続を履践し前認定の如くそれぞれ買収を実施したものであることを窺知できる。しかしながら控訴人の全立証によるも叙上事情にその後変更を生じていないことを認められるものはない。又控訴人は右長次郎の死亡により控訴人がその相続をした後も前記地区農地委員会においては当初の方針どおり控訴人を在村者と認めていたものである旨主張し右認定の如く昭和二十二年の買収に際り相続後の控訴人を便宜従来どおり長次郎の同居の親族、若くは特別事由により一時同居しなくなつた者としての扱いをした事実はあるけれどもそれは右認定における前後の事情に徴し該買収に限り便宜一時的にとられた応急措置に過ぎなかつたものと解するを相当とし(又窺はれるところでもある)他に該主張の認められる証拠はない。却つて前掲各資料と成立に争いのない甲第一号証第二号証の一、二第十一号証の一、二、三及び当審証人州之内久行、州之内いちの各証言とを綜合すれば、控訴人は長次郎の死亡による家督相続により第二目録記載農地の所有権をも取得し従つて第一、二目録全農地を所有するに至つたこと又前示地区農地(業)委員会の区域内には、長次郎死亡以来事実上その妻にして控訴人の母である訴外いち只一人で世帯していること及び控訴人も引続き大学教授として仙台市に居住しており昭和二十五年七月頃に至るも帰住しないし近く帰住するような事情にあることも窺はれないことが認められるので仮令前示世帯主の母いちが自作地を耕作し又本件農地の小作料取立をしている事実があつてももとより同人は本件農地の所有者ではなく到底控訴人を右の世帯主母いちの同居の親族若くは特別事由により一時同居しなくなつた者とは云えなくなるに至つたと云うべく前認定の保有を認められたる基礎事情にも変更を生じたことが明らかである、のみならず控訴人は所謂不在地主に該ると認められる情況あるものでもある。

又控訴人において父長次郎と控訴人とは別々に農地を所有していたのであるからこれを個別的に買収される場合長次郎は、法定面積の農地を保有することが認められるに拘らず前示昭和二十二年の買収が世帯単位によりなされた結果同人所有地における保有地積を減少された、ためにそれだけ超過買収をされたと同様な不利益を受けている、斯様な事情の存する保有地であることからみても、これを買収すべきものとする昭和二十七年の本件買収計画は違法であると主張する、ところで仮りに主張の如き事情があるにしても、主張の如き扱いを受ける別異の保有農地なるものは自創法上存しない、又農地買収計画に基いて一旦保有を認められた農地と雖もこれを更に買収し得べき場合がありかつ本件農地は更らに買収すべき場合に該るものであること前に説明したとおりであるからこの点の主張も亦失当と云う外はない。

以上判示の如く昭和二十七年三月十二日付の前記地区農業委員会の定めた本件買収計画には、控訴人主張の如き違法があることを認められない、従つてこれに対する訴願を棄却した県農業委員会の裁決に違法があるとは云えない。だから控訴人の本訴請求(県農業委員会に対する訴訟は昭二九、六、一五法第一八五号の附則26により県知事において受け継いだものとされた)は、失当であり原判決は相当である。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 前田寛 太田元 岩口守夫)

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